その朝

わたしのいる4人部屋が設備のメンテナンスがあるとかで、数日前から個室に移らされている。いくつかあるうちのその個室はたまたま病棟の北側にあり、ベッドに寝ている自分から見て左側に入口、右側に大きな窓があり、昼の間は灰色の光が部屋に満ちている。簡素な応接セットに加え、自分専用のトイレとシャワーが付き、好きな時に自由に使うことが許された。もちろん追加料金はなくて、降ってわいたラッキーにしばし小躍りしたものの、入院生活の退屈さに変わりはない。むしろ広い部屋に独りきりの寂しさがこたえるばかりだった。

その朝は前の晩から2時間おきくらいに目が覚めていたので眠りは浅かったと思う。
右足のそばにそっと手を置くような感じがして目を開ける。ちょっと微睡んでいるうちに誰かが来ていたのだろうか。右目は大きな眼帯をしているので左目で見ようとするのだか、強度の近視なのでよく見えない。枕元の眼鏡を手にとるものの、咄嗟のことで眼帯が引っ掛かってしまい、うまく顔にかからない。もどかしい思いをしていると、窓側に置かれた応接セットに人がいるのに気付いた。
すぐに思い当たる。妻だ。
面会時間は11時からのはず。ナースステーションでどんな理由をつけて通過してきたのだろう。そういえば昨晩の面会で「帰りたくない」と言っていた。だからといってこんな早朝に、と思い声を掛けようとしたところで目が覚めた。

夢か。


一瞬で感情が溢れ出る。


離れたくないのはわたしも同じ。いつも一緒にいたい。つかずはなれず、ふたりの存在を大事にしたい。さらに、2日後には左目の手術がある。これで両目とも人工レンズになり、焦点は固定される。親からもらった自分自身の目で自由にものを見ることはもうできない。

嫌だ。

怖い。

子供のように声をあげて泣きじゃくる。



帰りたい!
帰りたい!
帰りたい!



そして再び目が覚める。
夢だ。

最悪の目覚めだった。